迷い 2006/10/07
和敏の指先には、明らかに迷いの色が伺えた。
引き金を引くか。引かないか。
何度も声高に警告したのに奴らは従わなかった、俺を馬鹿にしてやがる、そう思い、
いざ女性行員の一人を他の奴らから引きずり寄せ、頭に拳銃を向けた途端だった。和敏は脂汗がどっと吹き出すのを感じていた。
引き金を引けば、こいつの人生は終わる。
他の奴でなくて良いのか?
今ここで震え上がっているこいつを撃って、何か打開されるのか?
既にシャッターは閉まっている。このシャッターの向こうや裏口に、警官隊が配備されているのは火を見るよりも明らかだ。
撃てばたちまち俺は包囲されるに違いないし、たとえ撃たなくても、時間が経てば俺は狙撃されるだろう……和敏はそう思った。
和敏が銀行を襲ったのは、何も金銭目当てではない。自分の会社がこの銀行からの融資を断られ、倒産の憂き目にあったからだ。
誰を狙うでもない、頭取や地域担当を狙うのも筋違い。そう分かっていた。
だからこそ、和敏は迷った。今和敏が頭に拳銃を突きつけている女性行員は、果たして関係があるのだろうか。
いや、貸し付けを決める会議になど参加できないほどに若いその行員が、自分の会社が倒産したことに関係などあろうはずもない。
和敏は、その行員の頭から銃を外し、行け、とだけ言った。女性行員は怯えきった表情で和敏を見返すが、
和敏がもう一度、今度は少し大きく「行け」と言ったのに反応して、腰が立たないのか這いつくばるようにして仲間たちの所に戻った。
その時の仲間の声は、和敏にも届いた。「よかったね」……彼の中の引き金を落とすには十分だった。
俺は会社をお前達の銀行に潰されたんだぞ、お前達のせいで女房にも逃げられたんだ、それが分かってないのか、なにが良かったんだ貴様ら。
思いは、即行動へとつながった。
ダンっ
その一発を皮切りに、12回の轟音と、引き続き15回の爆音が、銀行全体に響いた。
和敏は、自分以外の誰もが、かたまって血の海に頭を突っ込んでいる様子を見て、初めて一つ納得をした。
銀行自体に復讐するには、こうするしかなかったのだ、と。
満足でもあった。
和敏は手持ちの弾丸を全て撃ち尽くして、自殺することも出来ずに、突入してきた警察隊にあっけないほど簡単に捕縛された。
「なんだこりゃ……」
警察隊の一人が捕縛の手を止めて口走った。
それも不思議ではない。
そこにあったのは、20人近くが血の海の上で折り重なっている様だったからだ。
誰も問いただすことはしなかった。ただ誰もがその痛ましい現場から去りたかった。
そう、満足げに笑みを浮かべる和敏を除いて。