2006/12/02  腕時計


俺は1本だけしか腕時計を持っていない。大抵は携帯で事足りる今、格好付けたい時くらいしか、腕時計はしない。
そんな俺が、それだけの理由で、ちょっとした喝采を浴びたことがあった。
とある食事会でのことだ。
「男の人の恋愛観って、腕時計で分かるんだって」
参加していた女性は一同にクスクスと笑っていた。男たちはそれぞれに、時計を隠したがったり外してうんちくを述べだしていた。
ちょうどその日は、珍しく俺も時計を付けていた。
「ねえねえ、その時計ってどんな時計? 幾つくらい持ってるの?」
「時計はこれ一つだし、これ以外持とうとは思わない」
ここで女性から歓声があがった。意味はよく分からなかったが。
「俺のこの時計は、永久に動き続けるのがウリなんだが、せいぜい俺が棺おけに入ったときには、一緒に止まってくれるだろう、おじいさんの時計じゃないが」
また大歓声。更に訳が分からん。
一方でどうも男子から険悪な目つきで見られているような気がしてならない。あいつらはロレックスだのカルティエだの、一流ブランドの時計を付けている。
あいつらからすれば10分の1くらいしかしない俺の時計が喝采を受けているのは俺自身分からないのだから、あまり睨まないで欲しかった。
「腕時計の答え言うとね、個数が付き合う女の子の数で、時計の種類とかが女の子の好みなんだって」
答え……というのか知らないが、それが女子の一人からあかされると、一人の男は口ごもった。十数個のブランド時計をいちいち自慢していたからだ。
他の男も一応に言葉少なになる。心理判断らしきものがこれほど効果絶大に働くとは。
とりあえず俺も黙ってみた。あまり口数多くする場面ではなさそうだ。
「この時計って、どうやって選んだんですか?」
不意に、横に座る女性から問いかけられた。こう言ってはなんだが、自分の好みの女性だ。
「どう……一目見たときに買おうかと思ったんだけども、少し時間を置いた。間違いがあってもいけないし」
「間違いって?」
「時計は一本で十分だから、本当に自分が生涯使える時計をと思って。だから、間違いは避けたかったんだよ」
「すてきな考え方ですね、あ、これ」
女性が机の下で何やら小さなメモを作る。
「私のメルアドです、メール入れてもらって良いですか」
もちろん、と俺は携帯を目立たないように操作してメールを送った。
するとほどなく、一通のメールが届く。そこにはこうあった。
『私はあなたの一本だけの時計になれますか?』
まず苦笑した俺だったが、やはり時計と恋愛は関係があるようだ、俺は俺のポリシーを送った。
『少し時間を置きたい、最初はメールから』
送ると、その女性はクスッと笑って、
「本当に心理テストどうりなんですね」と言った。
「あまりうれしいものでもないんだがなぁ」
俺は頭をかきつつ答えた。

既にやりとりに気がついていた男子一軍から恐ろしい目つきで睨まれていたが、無視だ。