2006/12/12  一人称or三人称


佐藤はどうやら悩んでいるようだった。キーボードに置いた手を何度も頭にやり、叩いたり掻いたりしている。
「これは一人称でいくべきか三人称でいくべきか……」
他に誰がいるわけでもないアパートの一室に、うなりのように低い佐藤の声が響く。
佐藤はweb小説書きである。新人賞を狙う狙うと吹聴した時代もあったが、今ではおとなしい。
「一人称……どうかな、書き切れればいいんだが、面白みが無くなりそうだし」
佐藤はキーボードから両手とも離すと、
「かといって三人称だとまた病気が出るしなぁ……」
と漏らした。
「いいや。一人称で書き直すのはいつでも出来るから、三人称で行こう」
再びキーボードの上に手が置かれると、ぼちぼちといった速度でキーがタイプされていった。

三時間後。
「うわぁぁもうダメだぁ三人称なんかにしなきゃ良かったまた病気だダメだぁぁ」
佐藤はキーボードに突っ伏しながら画面とキーを見た。
「体言止めの説明が2、4、6……18行で、全体が40行、しかも会話あり……『説明病』もここまで行くと文才の無さかもなぁ……」
でも、と佐藤はメールソフトを立ち上げた。
「待ってくれてる人がいる。10人足らずだけど、ファンがいるから、頑張らなくちゃ」
とその時、新しいメールが入ったことを告げる音が鳴った。小説関連専用にアドレスを取ってるので、佐藤の表情は緩んだ。

『これは小説ですか?』

画面に映し出されたその文字を見て、佐藤は保存もせずに書きかけの小説を捨て、フラフラとベッドに歩んでいった。