集中力 2006/10/08


私の集中力が破られるとき、それは、この銀河の消滅を意味する。
人間の寿命はとうに超えたであろう。幾年限が経ったのか、私には想像がつかない。
私は人を殺めた咎として、この刑に伏された。
刑務官は言った。
「ほんの僅かでも集中力を途切れさせたならば、全てが無に帰す。お前もだが、俺たちもだ。
 この刑をお前などに預けて良いとはとても思えないが、あちらの決定だ。逆らえん」
私とて、あんな状況でさえなければ、人を殺めたりはしなかっただろう。
妻を殺し、わずか5歳の娘を殺して犯していた人物。既に現場にいなければまた、殺さなかったかもしれない。
だが不幸にも私はその場に出くわした。最愛の、若年の娘をむさぼり食う者に。出くわしたのだ。

私の行動は反射的なものであった。殺人ではないと主張をしたかった。せめて娘の悔いの分だけでも。
しかし私は、どういう訳か、今でも見当がつかないが、選ばれてしまったのだ。
彼の人はこう名乗った。
「全ての律令を支配し、全ての巡り合わせを手に持ち、その力は銀河に及ぶ」
我は、神である、と。拘置所にいる時どこからともなくその言葉が聞こえてくると、名乗りが済んだ
その瞬間に私は何もかもを通り抜けて空高く飛ばされた。はっきりと地上の遠ざかる様子が見えた。
そこで後光の指す……今でも人なのか何なのか見当もつかないが、後光をまとった何かしらに、こう宣告された。
「命を奪ったなら、今度は命を守る側に回ってみるかえ? 我々神の領分だけども」
声は至って穏やかで、強制的ではなかった。私はその意味するところが何かいまいち分からなかったが
拘置所での長い拘禁生活にはほとほと参っていたので、ただ一言、はい、と答えた。
すると、先ほどと段違いの速度で上に引っ張られ、今まで見えていた地上は瞬く間に消失し、真っ暗な空間に出た。
それでも私の移動は止まらず、どれだけの間かずっと一方向に飛び続け、ついにようやく新たな場所に垂直落下した。痛みはなかった。
そこもまた格子のある牢屋であったが、拘置所より幾分か広かったことに安堵をしていた。すると、語りかけてきた
のが先の刑務官候の人物であった。なぜ言葉が分かるのかと聞いたが、ここではそんなもんだと言われたきりだった。
あちらの決定、という辺り、ここが何かしらそういうところと繋がりのあるところなんだろう、また自分が恐らくは
魂だとかそういうものになっていて、もう現世とも地球とも繋がりがないのだろうと思った。
そんな矢先、
「刑の執行が始まる、出ろ」
と、格子の扉が開かれた。

「要は集中力を常に発揮していればいいんですよ」
大理石のイスに腰掛けローブをまとった男が、輝く光の玉をなでるようにしている。彼は続けた。
「この光が途絶えたら、銀河の単位では全てが終わりです」
私は問うた。あなたは何年くらいそこに座っているのですかと。彼は答えた。
「それを数えて集中力を維持していたのが五百年くらいありますから、まぁ誤差を入れても」
「五百年ですか!」
「大したもんじゃありません、私の前任は二千年間、秒針を頭で数え続けたそうですから」
と、彼は立ち上がろうとして、私を呼び寄せた。
「あなたがどんな罪を犯したのか知りませんが、次はあなたの番です。この部屋にはノートやペンなど何でもあります。
 時計もありますし。この部屋の中であなたが集中力を発揮し続ける限り、この光は維持されます」
「じゃあこの部屋を出たりしたら……」
「およそですが、30秒後に終末を迎えるそうですよ」
「トイレは、食事はどうするんです?!」
「今の体にそれらは必要ないはずですが?」
それでは、と彼が立ち上がると、急に光が衰え出す。私は急いでイスに腰掛けて、光の玉に触れる。
その感触は、ふわふわの綿毛に弾力をつけたような、何とも例えがたい気持ちの良いものだった。
「最初のうちは感触に集中するのが楽ですよ、慣れればただ頭で色々考えているだけで済みますから」
そう言って手を振ると、男は刑務官に連れられて行った。

こうして私は、集中力という名の牢獄に入れられた訳である。
今がどれだけ経ったのか分からない。だが光の玉がその輝きを失わないで済む方法は分かった。あの男が言ったように、
頭で色々考えていればいいだけだ。それすらもこの玉は集中力として受け取るらしい。楽ではある。長いが。
ただ今日は−−日付の概念もとうに薄れてはいるが−−やけに眠い。刑務官を呼んではみたが誰も答えないし、困ったな。
眠さに集中しても良いのだろうか、いいのかな、いいの…………

何かに引っ張られる感覚でハッと目を覚ました時−−最期の時−−そこにあったのは、宇宙を切り取ったような真っ黒な球体であった。
集中し直すが、失われた光は戻らず、部屋に散乱していた軽いものが次々に吸い込まれては消えていく。引っ張る力は一層強くなり
ついには私


[End]