アニメ  2006/10/27


ルパン三世、桜欄、地獄少女、ハチミツ……今日大学を放っておいて見た、アニメの「一部」だ。CSのアニメチャンネルが俺を満たす。

   *

人は俺を、外観だけ見てオタクだと言った。高校時代の学友達だ。確かに俺はどんくさいデブだ。今も昔も。だが当時は勉強一筋だったのに。
あいつらは俺に学力でかなわないものだから、俺の陰口を叩いたんだ。
結局俺だけ東大へ行けて、他の誰も俺に追随出来なかった。バカばかりだ。

だが、そんなバカ共に俺はオタク呼ばわりされたのだ。許せない……
いつか復讐を……そう思っていた矢先だった。俺は一つのアニメに出会った。

それは、大学の先輩から、中身を告げられずに渡されたビデオテープだった。
どうせこの手のテープにはエロ無修正でも入っているんだろう、そう思い期待してかせずか、とりあえずデッキに入れてみた。
すると、写ったのはアニメだった。先輩からの借り物なので、とりあえず見てみたが。
「なんだこりゃ」
それが俺の印象だった。第一話のはずなのに、物語が途中から始まっているかのような感じで、またその物語も
ただロボットが出てきて『敵』と戦うという明確なものを除けば、訳が分からないものになっている。敵の正体も不明だ。

俺は翌日、その先輩にビデオを返すのとともに、聞いてみた。
「先輩、正直言ってあのアニメはよく分かりません」
返ってきた言葉は意外だった。
「そりゃそうだろ、全国のマニアネット連合が、第一話の意義に関して連合オフを開いている」
「連合オフ?」
「大きな団体同士でのオフ会だ。オフ会くらいは知ってるよな?」
「いえ……」
「何、今時珍しい堅物だな」
硬軟織り交ぜたキャラとの印象を受けるその先輩は、座っていたパイプイスから立ち上がって応接セットに移動し、俺にも座るよう促した。
時間はあった。
珍しいとか言われて、少しムッと思ったのもあって、僕は応接イスに腰を掛けた。
「君は、我々と同じく、色々と誤解を受けてここまで来たようだが……まずこの、アニメ研究会部長のこの私は、間違いなくオタクだ」
「そうは見えませんが……」実際に見えない。モテそうな顔立ちに標準体型。俺と比べものにならない、もったいない。
「人は見えるか見えないか、そう写るかどうかだけでオタクのレッテルを貼る。落ち着きと、超然とした態度でいれば、オタクだなどといわれはしない」
「はぁ……」
「そこを行くと君には、オタクのレッテルが見える。たとえそうでなくても」
先輩は続けた。
「オタクの世界というのは意外に安住の地になりうるものだ。君自身が持っているオタクへの偏見を取り払って、こちら側に来てみないか」
そう言って、またビデオを一本渡してくれた。
「名作と言うほどでもないが、分かりやすい作品だ。6話まで入ってるから、それを見てから全てを判断しても遅くはあるまい」
何を判断するのか、やはり入部とかだろうかと考えていると、
「そうだ君、入部云々はあまり関係ないと思ってくれ。ここは同好会のようなものだから、参加は自由。活動も自由だ。確かにここにいた方が情報は入るが、それだけだ」
と、顔に出ていたのかすぐに打ち消された。

  *

その6話は、比較的分かりやすかった。敵が味方になり、しかし味方にはなりきれず、結局最初の仲間達でスペースシップを奪い宇宙へ出る話。
随時挿入されるキッチンの話とか、法要の話やらが面白く、見ていて飽きない。中心は司令官と下士官の恋なんだが……ドタバタしすぎていて何が何だか。

それより問題なのは。

瑠璃と呼ばれるキャラクターだった。母艦マシンオペレーター専属の彼女、一目見た時に、馬鹿馬鹿しい話だが、俺は彼女にときめいてしまった。
アイドル好きなら現実の対象がいる。普通の恋愛もそうだ。だがこんな、対象のいない恋愛感情なんかどう処理していいのか……
俺は、二度目、部室に足を踏み入れた。
ちょうどその時は先輩はいなかった。
「君は?」
「蔵本先輩からビデオを渡されて、ソレを返しに……」
「どっちだった?」
「はっ?! 普通のアニメでしたが……」
「落とす気だ」「間違いないな、この道へ……」
不気味な呪言のように言われたが、次いで応接に座って待ってればそのうち来ると言われ、俺は一時間ほど待った。さすがに待ち飽きて立ち上がろうとすると、
「おー同志諸氏、それに若人よ」俺に軽く手を振る。先輩が入ってきた。
「今回は定例会議を彼に見ていってもらおうかと思う」そう蔵本先輩が言ったとき、ザワッと動揺のようなものが起きる。
緊張しつつよく聞くと、普段会議らしい会議をしてないのになにをしろと、というのが主な部員からの意見だった。
「定例といってもいつも通りだ、諸君らが萌えた・燃えたアニメのレポートを口頭で。キャラだけでも構わんし、この場にいきなり同人誌を出してもらっても構わない」
「あのっ」
「んー? まだ名前も知られてなかったな、名乗りを上げたまえ」
「俺は、木元孝明と言います、キャラへの胸の高鳴りが始末できなくて困ってるんです」
「実に初々しい悩みだ、諸君ならどうする」
6〜7人の合議体が動き出す。ザワザワと、しかし真剣に。
「第一選択は同人誌を書くこと、第二選択は2ちゃんねるのそのスレに住み込むこと、これが合議体の結論」
「おいおい待ってくれ、今ルリルリ何て言ったら、市場シェアどのくらいだね?」部長とおぼしき、上座に座る人が言う。
「市場シェアの問題ではない、本人のパトスを消耗するためなら、同人以外に手はない」
「んー……突然で悪いが、君は経済的に恵まれているほうかい?」
「は、はぁ、預貯金合わせれば相当働かなくても暮らしていけます」
「では決まりだな、個人誌の形で同人誌を出す。それが我々が判断する最善だ。絵は得意?」
「中学時代は美術部で、もっぱら漫画を描いてました」
「変わった、そして恵まれた美術部があるもんだね。決まった。漫画同人誌、瑠璃メイン、後は君の自由だ」
ノウハウは幾らでもあるから聞きに来いよ、と背中を押されたが、なんだか一瞬で決まった出来事で実感が持てなかった。

〜続〜