アニメその2  2006/11/02


同人誌と言われても、正直何をしていいのか見当が付かなかった。そもそも同人誌って一体なんだ。
先輩が言うには、何をどんな風に描いてもいい本……というが、それこそ漠然としすぎていて訳が分からなかった。
俺は更に先輩に、同人誌について訪ねた。すると、
「じゃあ参考までに10冊程度」
と、俺に薄っぺらいB5判の本を10冊手渡してくれた。
部室のソファーを借り、その場で目を通す。と、そこにはあのキャラ、瑠璃がいた。ただ、描かれ方は多彩だった。
主人公の視点で瑠璃をじっと見ているもの、瑠璃の視点で主人公を見るもの、視点関係なく、あろうことか瑠璃を性の対象にしているもの。
何故か沸々と、強い憤りを覚えた。瑠璃を性の対象にするなんて。瑠璃はそんな娘じゃない、もっとはかなげな子なのに。
俺は、素直な思いを先輩に洗いざらいぶつけた。すると先輩は、
「ふむ、結構純情にルリルリを見てるな。ますます売れない同人屋になりそうだが」と言った。
「別に売れてくれなくても良いです、ただこんな非道な同人誌だけは作りたくない」
「じゃあどんな同人誌なら良いんだ?」
先輩に改めて問われると、答えが出ない。
「とりあえず排除条件として、エロはダメなのは分かった。これは君のルリルリを思う心がそうさせているものだ」
先輩は咳払いを一つすると、
「まだ実作に取りかかるには早いかも知れないな。決して恥ずかしいことではないから、瑠璃への君の思いをじっくり練りたまえ」
最後に先輩は、極端な話、現実の恋愛と同じレベルまで持っていったら、同人誌を書くことなどたやすい、と付け加えた。

   *

数日後、再び部室を訪れている俺がいた。というかここ連日だ。
と、そこへ、部長が姿を現した。
「ん? 君がルリルリの?」
「え、あーまあそう言うことになります」自分で言ってても歯切れが悪いのを感じる。
というのも、何だか近頃自分の中で、瑠璃のことを考えている時間が多くてぼんやりしている。学業もおぼつかない。
「で君は、どういう同人誌を書くのか、方向性は決まったのかね?」
「いえ、まだ全然……なんだか瑠璃のことばかり頭を巡ってしまって、他のことを考えられないんです」
「なんだもう決まってるんじゃないか」
「……は?」
「簡単な話だよ、木元君。その思いを、自分が主人公になったつもりで、瑠璃を外から見る視点で描けばいい。それだけだ」
その一言を聞いたとき、目の前がぱぁっと開けたように感じた。
「僕に出来るでしょうか」
「不安かね」
「はい、初めてだし、画力も……」
「画力の心配はしなくていい、ほれ」
と、部長はまた一冊の同人誌を放ってよこした。すぐに目を通す。が……
「なんですこりゃ」
画力云々の問題ではない。人の顔が崩れている。
「画力と物語が乖離している好例がそれだ。ちょうど瑠璃を眺める視点で描かれている作品だが……どれが瑠璃か分かるまい」
「はい、正直言って……ただセリフを追っていくと、これが瑠璃なんだなって、すぐに分かります」
「だろう。だから、何でも良いんだよ。臆さずに描けば」

僕は高校前半から封印していたペン先とインクを箱から出した。
白い、同人用の原稿用紙を目の当たりにして、とにかく描いた。誰がダメ出しするわけでもない、自由な作品を。

結果、1年前期の単位はボロボロになったが、一冊分だけ原稿が仕上がった。
「おー、どうだ様子は」先輩が遠くから駆けてくる。
「テストは散々でしたけど、原稿はちょうど今朝仕上がりました」
「それは良い、懇意にしてもらっている印刷所があるから、そこに回そう。既に頒布スペースは大学の名で確保してある。二冊目からは君個人のスペースを持て」
時は年末になる、と言われ、いよいよ臨戦態勢のような感覚を覚えた。

結果、1年後期も単位はボロボロ。
一方で同人誌は売れた。増版をかけなければいけないほどに。
これでいいのかと問われれば俺は、良い、と一言で答えるだろう。

瑠璃……俺の中の永遠の恋人……


のはずが。
引っ越してCSチャンネルが入るようになると話が変わった。
あまりに魅力的なアニメを24時間放映している番組にはまってしまった。
もうこうなると個別の同人誌を描くなんて話ではない、ずーーーっと見続けてしまう。そして単位は取れない。
俺は最悪の悪循環の中にいるが、それでも良いと思った。これまでになく気持ちが安らぐのだ。
この安らぎがあれば、他に何も要らない。

[END]